クラッシュコース 第十八章『環境』

この文章は、クリス・マーテンソン氏による『クラッシュコース』第十八章 『Environmental Data』の翻訳です。 – 目次はこちら

お疲れさまです! データを扱う章はここで終わります。残りの2章は、まとめと結論です。

まず最初に、『環境』と題したこの章では、地球温暖化を取り上げるのではないと言っておきましょう。温暖化よりも直接的な影響のある、複雑ではない、そして緊迫した問題に焦点を当てます。

クラッシュコースの最大の目的は、永続的成長への信仰を強いる指数的なお金の制度と、有限な惑星上での生活との間に、巨大な断絶が存在していると示すことにあります。この章を見れば、この惑星全体は私たちが考えているよりずっと小さいと理解してもらえると思います。

そのほとんどの理由は、この曲線に表されています。 人口です。

地球上の全人類の人口は、1960年に30億人に達しました。そして、この先42年間であと30億人増加すると予測されています。最初に人口が30億人に到達するまでには、先史時代から1960年までを要しているのですが、その後たった40年程度でさらに30億人増加しています。

フェンウェイ球場の例を覚えていますか? 44分経過してもたった3%の水位だったのに、最後のわずか5分で残り97%が水没してしまうのでした。 同様のダイナミクスがここでも働きます。

あと40年の間に人口が50%増加することの意味を考える前に、今でも状況はかなり悪くなっていると言っておきたいと思います。2008年、世界人口は昨年から7000万人増加したとされています。7000万人です。分かりやすく言うと、7000万という人数は、アメリカの人口トップ10の都市の合計人口の3倍に匹敵します。全世界の人口成長は、アメリカのトップ10の都市人口の3倍に達するのです。しかも、毎年毎年、今後40年に渡ってこれが続きます。

人口の増加は、資源需要の増加を意味します。大量のアルミニウム、大量の食料、大量の消費財をさらに多くの場所へ。そして、大量の自動車が必要になります。今までより、もっともっと多くの自動車が。

次のような誤解があるかもしれません。人口増加は大した問題にはないだろう。今後増加する人間は、おそらく中国かどこかの汚ない掘っ立て小屋に住んでいて、ロバやら籐のかごを使っているだろうから。

世界中で最速の成長を遂げている都市の写真をお見せしましょう。あらゆる観点から見て、これらの都市は欧米の年より新しく近代的です。近代的な都市は、世界中全ての人が熱望するものなのです。

人々の願望は世界中どこでも同じです。人間は皆、明るく太陽が照る都市に住むことを望みます。そして、素敵な町で素敵な商品をショッピングしたいと考えています。

中国の総人口は13億から16億人の間だと言われています。合衆国の3億人は、中国人にとっては「統計上の誤差」だとみなされてしまうかもしれません。実際、合衆国トップ5の都市の人口を合計しても、中国最大の都市、上海の住民数に及びません。

ですが、話を戻します。今後40年間で、地球上の人口はさらに30億人増加するという話です。

人間も含めた全ての生物は、入手が容易で良質な資源から利用を始めるという特徴があります。人類が地球資源を利用する際には、最も豊かな土壌、一番大きな樹木、そして魚類の豊富な水域から手を着けてきました。つまり、人類は最高級の資源から開発を始めてきたということです。

ここで、石油は有限の天然資源であることを思い出してください。石油は有限であるので、個々の油田も複数の油田の採掘量の合計も、ベル曲線に似た典型的な採掘量を示すのでした。

この理論を一般化して、資源採掘量の一般法則を導くことができます。人間は最も近くに存在し、豊富で、アクセスが容易な最高級の資源から利用し始めます。そして、次第に利用が困難で、劣った、凝縮されていない遠方の資源を開発するようになります。つまり、時間を経るごとに資源を得るために必要なエネルギーは増加し、従ってコストも上昇します。この結論について、全く異論の余地はありません。

例を挙げます。アメリカ人の先祖が最初にこの大陸にやって来たとき、目を見張るような素晴しい光景が広がっていました。巨大な銅塊が転がっていたのです。すぐに巨大銅塊は枯渇し、その次にはより小さな銅塊を、さらには純度の高い銅鉱石を利用し始めました。それでは現在では?

現在アメリカでは、銅はユタ州のビンガム (Bingham) 鉱床渓谷で採掘されています。採掘穴は幅2.5マイル、深さ3.25マイルにも達しています。つけ加えておくなら、もともとはこの穴は山だったのです。現在産出されている鉱石の銅濃度は0.2%です。もし、現在でも巨大銅塊が存在していたとしたら、わざわざこんな手間の掛かる採掘方法を取る必要があるでしょうか? あり得ません。

それでは、もう少し詳しく調べてみましょう。道路を走っているトラックの写真を見てください。このトラックは石油を燃料としています。正確に言うなら、ディーゼル用重油です。もし、トラック用燃料が無くなったとしたら、何を使って鉱石を運搬すれば良いのでしょう? ロバでしょうか? このトラックの運搬能力は1台あたり255トンです。1匹のロバが運べる重量を、150ポンド (約70kg) だとしてみましょう。すると、トラック1台あたりの輸送能力は3400匹のロバに匹敵します。
とても多いロバです!

ここでのポイントは、幅2マイル、深さ3マイルにも及ぶ穴は、現代文明におけるエネルギー消費の壮大さを示したものだということです。エネルギーが不足し始めた時には、こんな巨大な穴を掘り続けるのは不可能と考えられます。つまり、エネルギーが不足した際には銅も不足します。

さて、ここからが本題です。何らかの鉱物や金属を採掘するために必要なエネルギー量や資金額は、鉱石のグレードによって決まります。鉱石のグレードは、ある鉱石のうちの何パーセントが対象物質で構成されているかによって測定されます。だから、10%の銅鉱石では、銅が10%、90%は不純物で構成されているということになります。ここで言う不純物とは、岩石や砂などです。目的の資源を得る際に、同時に採掘しなければならない不純物の量をグラフにすると、こんな曲線を描きます。この形をどこかで見たことがありますよね? そうです。指数関数のグラフです。

このグラフから、銅が0.2%含まれている鉱石を採掘する際、1kgの純銅を得るためには500kgの銅鉱石を採掘する必要があるということが分かります。0.2%という値を挙げたのは、ビンガム渓谷鉱山の現在の銅濃度だからです。なぜ採掘穴がこれほど巨大なものになるか、これで説明ができます。巨大なトラックが無ければ、これほどまでに純度の低い鉱石を採掘するのはおそらく不可能でしょう。つまり、私たちは、エネルギーとお金という対価を支払って、ベル曲線の右側の縁に留まっているということです。

現代社会が低グレードの鉱石を採掘している理由は何でしょうか? 難しい課題にチャレンジしたいと考えているからなのでしょうか?

違います。人類は既に、他の良質な鉱物資源を全て採掘し尽してしまったからなのです。低グレードの鉱石採掘は、それが残っている選択肢の中でベストなものなのです。たった200年の間に、もっと質の高い資源が枯渇してしまったからです。

他の例として、石炭を取り上げます。石炭生産量を重量で測定すると、1940年代以来定常的に2%の成長を続けています。このような定常的な指数的成長は、現代経済の石炭需要の増加と同様のペースで進んでいます。近年、ブッシュ大統領は、アメリカには250年分の石炭埋蔵量があると述べていました。つまり、この赤い矢印は今後250年成長を続けられると言われています。つまりは、石炭には差し迫った枯渇の危険は無く、大量の埋蔵石炭が採掘されるのを待っているということです。

しかし、この議論には不備があります。石炭には何種類かの質のグレードがあるのです。最高級の石炭は、黒く輝く、硬い無煙炭 (anthracite) と呼ばれています。水分をあまり含んでおらず、燃焼時には大量の熱を発します。そして、鉄鋼業において高い価値を持っています。次に質が高いのは瀝青炭 (bituminous coal) です。重量あたりの熱量は無煙炭にやや劣ります。そして、次は亜瀝青炭 (subbituminous coal) です。最低グレードの石炭は、亜炭 (褐炭; lignite) と呼ばれています。亜炭は低い熱量しか持たず、水分を多量に含んでおり、燃料としてはそれほど有用ではありません。亜炭より下のグレードに来るのは、つまり、岩石です。岩石は亜炭よりも燃えにくいものです。

画面にアメリカ合衆国における無煙炭の採掘量を示します。低下傾向が分かりますか? アメリカで無煙炭の採掘量が減少している理由は、ほぼ全ての無煙炭が枯渇してしまったからです。何億年もの間に形成された無煙炭は、たった100年程度の間に消費されてしまいました。

そこで、アメリカでは次にグレードの高い石炭である瀝青炭を使うようになりました。ここでも瀝青炭の産出ピークは1990年となっています。これは、品質の良い石炭資源への需要が消失したことを意味しているのでしょうか? いいえ。単純に、瀝青炭が枯渇し始めているということを意味しています。当然、瀝青炭の次にはより低質の石炭、つまり、亜瀝青炭を使用する必要があります。前の2つの石炭とは異なり、亜瀝青炭の使用量はまだ減少を始めていません。また、最近では褐炭さえも使用され始めています。しかし、私は褐炭の使用量は亜瀝青炭の産出がピークを過ぎるまでは増加しないだろうと考えていますが。

さて、ここから本当に話が面白くなってきます。石炭の熱量、あるいは利用可能なエネルギー量は、石炭のグレードが下がるにつれて低下していくと説明したことを覚えていますか? 石炭産出の重量ではなく、石炭に含まれるエネルギー量の合計をグラフ化してみると、グラフの形は全く変化してしまいます。石炭重量は、明かに2%の上昇を示しているのに対して、総エネルギー量の上昇は停滞しており、過去9年間に渡って全く成長していません。現代社会はエネルギーとお金を費やして、より多量の石炭を採掘しているのに、得られるエネルギーの見返りはどんどん減少しています。最初の図に戻りましょう。私たちは、この曲線のどこに位置していると思いますか? 最高の時代は、まだ未来にあるのでしょうか? ブッシュ大統領の「250年分の石炭がある」という言葉を聞いて安心できますか?

石炭のネット (正味) エネルギーは、石炭の質によって大きく異なっています。しかし、石炭採掘の正味エネルギーは、既に減少カーブを描いています。

まぁ、それでもいいじゃないか。ウランを使えばいいじゃないか? ウダウダ思い悩むのは止めて、原子力発電所を大量に建築しよう、と考えますか?

しかし、同様に原子力に関する議論にもやはり不備があります。残存しているウラン鉱石のグレードを調べてみると、最高で20%、最低では0.007%までの大きな幅があることが分かります。全グレードのウラン鉱石で、存在が確定している、または推定されているもののうち、3割だけが純度0.1%以上です。残り7割は0.1%以下の純度しかありません。唯一、カナダだけで1%以上の純度のあるウランの埋蔵が確認されており、残りの11カ国では既にウラン鉱石を採掘し尽してしまいました。

ウラン鉱石がとてつもない低濃度であることを考えると、ウラン産出量はとてつもなく劇的です。しかし、それはあまり良い意味ではありません。70%以上のウラン鉱石が0.1%程度の純度でしかありません。たった1kgの酸化ウランを取り出すためだけに、500kgから1tものウラン鉱石を採掘し、複雑な化学的プロセスによって不純物を取り除く必要があります。

銅鉱石と同じく、ウラン鉱石も濃度減少のカーブを下っているのは明らかです。減耗カーブの終わりに差し掛かるに従って、より大量のエネルギーと資金が必要とされることに疑いの余地はありません。

少し付け加えておくと、フランスは国内の90%の電力を原子力発電から得ています。しかし、フランスにおけるウラン採掘量は1980年代後半にピークを迎えています。一方、アメリカではウラン採掘のピークは1980年代初頭でした。フランス、アメリカともに、ピークウランを過ぎてしまっています。もし、未来のエネルギー源が原子力だとしたら、未来はこの2カ国以外のどこかに存在しているのでしょう。

実際のところ、資源採掘の一般法則は、人間が消費する資源に全て適用できます。農業に必須の無機物であるリン、海中の魚類個体数、個々の金属産出量は、同様の傾向を示しています。人類は、グレードの高い資源を使い尽しつつあります。ほとんどの資源は既に不足し始めているか、または今後数十年の間に枯渇し始めるでしょう。さらに悪いことには、資源採掘の試算においては、十分なエネルギーが存在することを仮定しています。莫大なエネルギーを使用して、何マイルもの深さの穴を大量に掘り、低濃度の鉱石を追求し続けられると考えているのです。しかし、エネルギーが不足した時には、資源の採掘量にどう影響するのでしょうか? 誰も真剣に検討していないように思われます。

本章をまとめると、既に私たちは全世界中の最高グレードの鉱石を掘り尽し、最も容易に入手可能なエネルギー源を消費し、豊かな土壌で耕作をしてしまっているということです。1kgの小麦が栽培される度に、同じ重量の表土が失なわれると言われています。たった1インチの表土が生成されるまでに何百年も必要だということを考えると、つまり農業は土壌資源を採掘しているのだと言うこともできます。

何億年もかけて形成された鉱物資源とエネルギー源、何千年ぶんもの土壌、それら全てが、石油発見後のたった数百年の間で消費され尽くされようとしています。人間の文明のタイムスケールでは、それらの資源は一度失なわれたら二度と手に入らないものであると言っても差しつかえありません。

人間の活動を測定する別の方法としては、ある種の環境ストレス指標生物を使用するものがあります。一例としては絶滅種数がありますが、それ以外にも全世界の沿岸部に表われているデッドゾーンが挙げられます。

実際のところ、注意して観察してみれば、現代文明のダッシュボードの至る所で警告灯が点滅しているのが見えるでしょう。絶滅種から海洋資源の減耗、滞水層の減耗、表土喪失、エネルギー資源の減耗、その他のあらゆる警告灯です。

もし、自動車の運転中に警告灯が光ったら、運転を止めて車に何が起きたのかを調査するだろうと思います。これまでのところ、逆に世界はアクセルを踏み込んでいるように思えます。

これらの警告灯が光っている理由は簡単です。地球上で、毎年7000万の人が新たに生まれてきているからです。つまり、今後40年の間に、天然資源を必要とする人々の数は50%以上増加し、彼らと資源の分け前を交渉しなければならないのです。

もしこの問題に真剣に対処すれば、おそらく人類は十分に対応できるだろうと考えています。しかし、もし人類が単なる成長路線を選択するのであれば、つまり、単に現在の貨幣制度の前提であり、政治家のデフォルトの立ち位置だからという理由で、現状維持を選択するのであれば… それは単に、壁に激突するまでスピードを加速させるということを意味しているように思えます。選択肢は明らかです。 — 今、自発的に変化を起こすのか、それとも後で不本意な変化に直面するかです。

経済に話を戻します。現代経済の主要な前提は、未来の経済規模は単純に大きくなるのみならず、指数的に拡大するというものです。この間違った前提は、現実と向き合わなければなりません。これらの物理的限界は近い将来、今後20年のうちに現実を迎えるだろうと、私はみなさんに宣言します。

ここに来て、ついに3つのE全てを視野に収めることができるようになりました。現代の経済は、指数的に成長するお金の制度を基礎としており、お金の制度は、明示的に、永続する成長というパラダイムを強制しています。そして、暗黙的に未来は現在よりはるかに大きくなると仮定しています。経済成長はエネルギーを必要とします。しかし、エネルギー資源採掘の傾向は、現代経済と私たちのライフスタイル全てと矛盾しています。ピークエネルギーは、全くの事実であり、近い将来に迫っています。

他の環境に眼を向けると、人類は全ての質の高い資源を使ってしまったことが理解できます。今や私たちは、乏しく、希薄され、より深い場所にある資源を、現在のライフスタイルを維持するために採掘しなければなりません。生態系が受けているストレスは、警告灯が光るレベルに高まっています。これまでのような消費文明を今後も継続できるかのように装うのは、今後40年間で世界人口が50%増加することを考えると、実現可能な計画ではありません。実際のところ、それ以外の計画が何も存在していないのです。

資源のグレード低下だけを考えても、永遠に指数的な資源採掘を続けられるとは信じられません。さらにエネルギー供給の低下に関する知識を付け加えるならば、質が低下した資源の採掘量が指数的に拡大し続けるとはとても考えられません。

なぜならば、必須の資源 — 金属、鉱物、土壌、水、海洋資源、そしてそれ以外のものも全て — の採掘プロセスと、運輸、建築や暖房などの必須の需要との間で、競争が激しくなるだろうと考えられるからです。

全てをまとめると、人類の課題は、資源が減少した世界に適合することだというのが明かになります。
現在の経済システムは、成長を続けなければならない設計となっています。しかし、経済システムはもはや成長できないエネルギー資源と結びついており、経済とエネルギーは、急速に減耗していく世界の資源と繋がっています。3つのEの中で、経済は変化を迫られるでそしょう。そして、経済制度の激変に備える必要があります。

これこそが、クラッシュコース全体を通して伝えたいことなのです。

もっと単純に言います。 私たちの経済は、成長を必要とするお金の制度を維持するために成長を続けなければなりません。しかし、経済成長はもはや成長不可能なエネルギーシステムによって困難になっています。そして、環境とエネルギーの両方とも、急速に減耗しつつある自然世界に結び付けられています。

最後に言っておきたいのですが、私はこれまで説明してきた問題は、解決不可能なものだとは考えていません。もしそう考えていたのなら、私は過去4年間、フルタイムでこのクラッシュコースを作り上げることはしなかったでしょうし、他のことに使えたかもしれない銀行預金の残高を減らすこともなかったでしょう。私は楽観論者であり、より良い未来を私たち自身で作っていけると考えています。

私たちには、もはや「250年の石炭埋蔵量」のような心地良い陳腐な決まり文句に関わっている余裕はありません。

より大きな視点で考えて優先順位を明確にし、「これまで悪いことは何も起こらなかったのだから、これからも起こらないはずだ」という未熟な考えを捨て去るべき時です。そして、後に続く世代に対して、私たちが彼らのことを気に掛けていたということを示さなければなりません。私たちは、後に続く世代からどう評価されたいでしょうか? 私たちが後に遺せるものは何でしょうか?

良かれ悪しかれ、私たちは偶然にも人類の歴史における劇的なターニングポイントに居合わせてしまいました。人類の祖先が樹上生活を止めたことにも匹敵する変化かもしれません。本当の問題は、変化する社会の中でどのような役割を果たしたいのか? 恐怖に満ちた人生か、あるいは確固たる目的に満たされた人生、どちらを送りたいのか? ということです。

問題が手に負えなくなるのは、あまりに長期間放置してしまった時だけなのです。

オーケー、それでは、これまでの全ての問題を1つのタイムライン上に配置し、私たちが直面しているリスクの緊急性を評価してみましょう。19章 『未来のショック』に進んでください。

ご清聴ありがとうございました。