クラッシュコース 第十六章 『あいまいな統計』

この文章は、クリス・マーテンソン氏による『クラッシュコース』第十六章 『Fuzzy Numbers』の翻訳です。 – 目次はこちら

米国の政治経済評論家、ケビン・フィリップス氏は、最近ハーパーズ紙にこんなことを書いています。
「1960年以来、政府は国内経済の活力と体力を測定する重要な手段、公式経済統計をねじ曲げており、合衆国市民と債権者を欺いている。」
もしこれが本当だとしたら、一体何を意味するのでしょうか?

個人の、企業の、そして政府の意思決定が、完全な嘘ではないにせよ非常に不確かな情報を元にしているとしたら? この章では、インフレ率や国内総生産(GDP)など、経済統計の調査方法を詳細に調査して、彼の主張を検証していきます。

ここまでの知識で分かる通り、インフレーションは積極的な政策の対象となっています。あまりにインフレ率が低すぎると、現行の銀行制度は機能不全を起こすリスクに晒されます。逆に高すぎれば、多数の一般市民が貯金の価値を著しく喪失していまします。そのために、インフレに対する政策は扱いが難しいものになっています。インフレ率を適切な温度 –熱すぎもせず、冷たすぎもしない範囲– に保っておくことが重要な課題になります。

インフレーションは、2つの要素から成り立っています。1つは、単純に大量のお金が流通するために起こる物価への上昇圧力によるものです。2つ目の構成要素は、人々の未来のインフレ率に対する期待に潜んでいます。インフレーションが制御されると予測される場合、インフレ期待は安定していると言えます。もしインフレが”期待”された場合、まだインフレは悪化していなくとも、多くの人が持っているお金をすぐに使うようになるため、インフレは自己実現的に進行していきます。多くの人々がより速く消費をするようになれば、インフレーションも加速します。近年のジンバブエのインフレは、この力学が働いた完璧な実例です。

したがって、政府によるインフレーション政策も2つの構成要素を持つということが言えます。1つはマネーサプライを統制すること、もう1つはインフレ期待を安定させることです。

それでは、実際にはどのようにしてインフレ期待の安定化が実現されているのでしょうか? 長年に渡って、実際のインフレ率よりやや低い、というよりかなり低い数値を発表することで、インフレ期待の安定化が実現されてきました。この問題の詳細は少し複雑なものですが、知っておく価値はあります。しかし、次に説明する経済統計のごまかしは、ある特定の政府機関や政党の陰謀によるものではないということに注意してください。むしろ、過去40年間に渡る全ての政権が、定常的に少しづつごまかしを行ってきたのだと言ったほうが正しいかもしれません。

高い失業率を嫌ったケネディ政権下で、就業意欲喪失者[1] という新しい失業者の分類が作成されました。結果、統計上では失業率は低下しています。

ジョンソン大統領は、私たちが今恩恵を受けている、「統合予算(unified budget)」を創り出し、社会保障基金の余剰金を一般予算に繰り入れることを決定しました。予算は政府によって消費されてしまうのですが、私たちが目にする政府支出統計からは省かれています。

リチャード・ニクソン大統領は、「コア・インフレーション」統計を後世に残しました。コア・インフレーションは食料や燃料などを除いたインフレ率の測定方法です。これは、バリー・リゾルト氏が言うところの、「インフレを除いたインフレ率」を測定するようなものです。そして、クリントン政権は、複雑な統計操作を使ってインフレ率の計算方法を更に複雑化させています。

統計手法の変更の際には、ほぼ例外なく、現在の経済情勢が少しだけ良く見えるように変更されてきました。つまり、経済活動がより活発であり、インフレ率は低く、そして仕事の求人がより豊富であるように操作されています。不幸なことに、長年のデータ操作によって積もり積もった影響により、現在の経済統計は現実からまったくかけ離れたものとなっています。私たちは、実のところ自分で自分を騙しているとさえ言えます。統計的欺瞞によってアメリカの決断は歪められ、経済の未来は危機にさらされているのです。

インフレーションに関する話から始めます。合衆国のインフレ率は労働統計局(Bureau of Labor Statistics) 、略してBLSが、消費者物価指数 (Consumer Price Index, CPI) 報告の一部として調査しています。

もし、みなさんがインフレ率を測定するとしたらどういう方法を取るでしょうか? おそらく、何種類かの同一の商品グループの値段を毎年継続して調査するでしょう。年ごとの合計金額の差を取り、合計金額の変化をインフレ率として報告するのです。まさにこの方法が、1980年代初頭までの公式なインフレ率の測定方法でした。

しかし1996年に、クリントン政権は’Boskin Commission findings’と呼ばれている調査方法を導入しました。この手法は現在まで使用されているのですが、3つの奇妙な修正があります。代替効果、重み付け、ヘドニックと呼ばれています。

まず最初に、現在のインフレ統計は、単なる毎年毎年の商品やサービス価格の変化を表したものではありません。「代替効果」と呼ばれる手法の影響です。ボスキンコミッションによると、ある商品の価格が上昇した場合、一般市民は別の安い商品を購入するようになると考えられています。つまり、例えばサケの値段が上昇した時には、サケはインフレ統計の調査対象から除去され、何か別のもの、例えばホットドッグなどで置き換えられるということです。この調査方法によると、2007年から2008年の米国の食料価格は4.1%上昇したとされています。

しかし、労働統計局のような複雑な調査方法を取っておらず、単純に同一商品グループの価格を毎年追跡している米国農業局の調査によると、2007年から2008年にかけて食料価格は11.3% 上昇したと報告されています。BLSの4.1%という値と比べてみてください。実に巨大な差です。農業局による物価上昇値は、私の実感に即しています。

代替商品を用いることによる重大な影響は、インフレ率の値がもはや生活のコストではなく、生存のコストを反映するものになってしまっていることです。

次に、急激な価格の上昇は「幾何平均重み付け」と呼ばれる計算の対象となります。つまりは、商品やサービスの価格が急上昇した場合、その価格はCPIバスケットの中では低い価格で計算されるということです。つまり、高額な商品はあまり購入されなくなると仮定されているのです。例えば、異なった政府機関による統計を用いると、医療費は全経済規模の17%を占めているのに、CPIバスケットの中では6%程度しか占めていません。医療費は著しく上昇しているため、医療費の重みを低下させたことによって、統計上インフレ率は低下するという影響が生じています。医療費への支出の実体を反映するだけで、CPIはもう数パーセント上昇するでしょう。

しかし、これ以上にわけの分からない修正があります。「ヘドニック」と呼ばれているもので、この言葉は「快楽のため」というギリシャ語に由来しています。ヘドニックは品質の向上を対象としたもので、特に娯楽や商品の性能向上を対象としています。しかし、ヘドニックは乱用されています。

例を挙げましょう。ティム・ラフレール氏はテレビを専門とするコモディティ専門家であり、BLSで消費者物価指数を計算する仕事に就いています。ラフレール氏の仕事は、多分こんな感じで進みます。2004年に、彼は27インチのテレビが329ドルで販売されていると記録していました。これは昨年の価格と同額ですが、今年のテレビ画面は昨年のものより性能が向上しています。主観的な性能向上を考慮して、ラフレール氏はテレビの価格を135ドル下方修正します。つまり、画面の性能向上は、29%の価格下落と同等であると決定されるのです。CPIに反映されるテレビ価格は、実際の小売価格、一般消費者が支払う329.99ドルではなく、195ドルとなります。 ビンゴ! BLSの統計では、テレビの価格は低下しており、インフレ率は低下しています。
家電屋ではテレビの価格は329.99ドルのままなのにです。

ヘドニクスは、一方方向への処理です。もし今年、私が買った新しい携帯電話に新しい機能のボタンが付いていたとすると、BLSは携帯の値段は下がったと報告するでしょう。しかし、もしこの機能が、私の古い電話のように30年間ではなく、たった8ヶ月しか続かなかったとしても、その損失に対していかなる修正もされないのです。要するに、ヘドニックの計算においては、新しい機能は常に利益をもたらすものであり、価格の低下と同義である、という非現実的な仮定を置いているのです。

過去何年にも渡って、BLSはヘドニクスの適用範囲を広げており、今やその修正対象にはテレビ、自動車、洗濯機、ドライヤー、冷蔵庫、そして大学の教科書さえ含まれています。ヘドニックは、今ではCPI総計の46%以上に使用されています。

もしも、これまでに述べてきたあいまいな統計操作を全て除去し、以前と同様の方法でインフレ率を計算したら、どうなるでしょうか。幸運なことに、ジョン・ウィリアムズによるサイト、shadowstats.com において、既に正確な値が計算されています。細心の注意を払って統計の修正を追いかけ、その影響を取り除いた計算をしています。ウィリアムズ氏によると、1980年代初頭とまったく同じ手法を用いて計算した場合、インフレ率は公式統計の5%程度ではなく、約13%にまで跳ね上がるとされています。8%というすさまじいズレを考えれば、私たちの身の回りで起きている現象も説明ができます。多くの人たくさんのお金を借りなければならず、少ない貯金しかできない理由なのです。人々の”実”収入は、ほんとうは報道されているより低くなっているのです。高いインフレ率は、労働市場の弱さと負債水準の上昇とに対応しています。これはマネタリーベースの増加というデータによく一致しています。低インフレ状況では説明のつかない多くの問題が、突如としてはっきりと理解できるようになります。

欺瞞的な統計が引き起す社会的コストは途方もなく大きいものとなっています。もし以前と同じようにインフレ率が計算されていたとすると、ソーシャル・セキュリティ[2] の受給額はCPIの値を元に増額されるため、現行の額よりも70%増加していたと考えられます。また、メディケアの額もCPIを元にして増額されるため、多くの病院で収支の均衡を取ることが次第に困難になっています。その結果、多くの自治体で医療サービスが失なわれつつあります。これらは統計操作によって生じた現実の影響です。

しかし、社会保障の支給額の減少の他にも、インフレ率を過少申告することで政治家たちは重大な利益を得ているのです。

国内総生産、GDPは、国家経済が好調なのか不調なのかを知るための重要な手段となっています。理論上、GDPはある年における国内の商取引による付加価値の総合計によって定義されます。例を挙げましょう。ただし、この例は現在どれほどGDP統計がねじ曲げられているかという例なのですが。2003年におけるGDPの公式発表は約11兆ドル[3] でした。つまりは、11兆ドルぶんの付加価値を持つ取引が行われたと考えられます。

しかし、実際にはそんなことは起こっていないのです!

まず最初に、11兆ドルの中には、1.6兆ドルの”帰属計算”(imputations)が含まれているということを指摘しておきます。これは、実際に市場では取引されていないにもかかわらず経済的な価値創造が発生した場合に、その価値を擬似的に計算するものです。

帰属計算の最大の項目は、住宅の所有者が自分自身に家賃を払わないで済むことによる”価値”です。意味が分かりますか? 住宅を自分でタダで所有していた場合、政府は住人が自分自身へ支払うべき家賃を計算し、その額をGDPへ加算するのです。

他には、銀行による”無料の”小切手手数料も帰属計算に含まれています。手数料が無料でなかったら、それを支払う必要があるからという理屈です。そのため、無料手数料による利益が算定され、GDPへ加算されています。ここで挙げた2項目だけでも、1兆ドル以上GDPは水増しされています。

次に、GDPはヘドニック法によって修正された項目が多数あります。例を挙げれば、コンピュータの価格はへドニック法によって修正されています。近年、コンピュータの性能向上は目覚しい速度であるため、経済のアウトプットに対してより大きく貢献しているだろうと仮定されているのです。

つまりは、1000ドルのコンピュータが販売された場合、GDPの値は1000ドル以上増加します。言うまでもないことですが、実際にはいかなる取引もされていないため、ここで追加された金額は架空のものです。

面白いことに、インフレ率の計算時には名目上のコンピュータ価格を下げるためにヘドニック法が使われているのに対し、逆にGDP計算の際にはヘドニックは価格を上昇させる目的で使用されています。したがって、より良い結果となるよう価格を操作するために、ヘドニックは悪用されていると言えます。

それでは、2003年におけるヘドニックによる修正の総計はいくらでしょうか。更に2.3兆ドルという巨大な額に昇ります。以上2つを合算した3.9兆ドル、つまり公式GDPの35%は、どのような現実の取引にも基いていないのです。これらの金額はGDPの中で推定され、モデル化され、帰属させられていますが、しかしどの銀行口座にもこのお金は存在しません。そもそもお金のやり取り自体が存在しないからです。

余談として、「アメリカの債務残高の対GDP比は、未だ極めて低い」だとか「GDPに対する所得税の割合は歴史的に低い水準にある」などという言葉を聞いたときには注意してください。GDPは意図的にかさ上げされているため、あらゆる対GDPの比率は低くなってしまっています。

ここでインフレとGDPについての説明を結び付けます。普段私たちが目にするGDPの値は常にインフレ調整されており、インフレの影響を減じて発表されています。これは”実質”GDPと呼ばれています。一方で、インフレ調整前のGDP値は名目GDPと呼ばれます。GDPは、国内の実質的な生産を測るためのものであるため,インフレの影響を除去した実質GDPと名目GDPを区別しなければなりません。

例を挙げましょう。仮にアメリカ経済がランプの生産だけで成り立っているとします。ある年に1個のランプが生産され、その翌年も1個生産されたとしたら、この2年間の生産量はまったく同一であるため、GDP成長率は0であるべきです。

ところが、1年目には100ドルでランプが売られていたのに翌年は110ドルになったとします。もし価格上昇を考慮しなければ、GDPは10%成長したと誤って記録されてしまうことになります。ですからこの例では、ランプ経済の実質GDPは100ドルであり、名目GDPは110ドルであると計算しなければなりません。ここで問題としているのは実質GDPであり、今は実際に生産された価値を計算しようとしているのですから、インフレの影響は除外する必要があります。

オウ! 政府が低いインフレ指数を好む2つ目の理由が理解できたのではないでしょうか。それは、GDPは、実質値で表現されるからなのです。2007年の第3四半期、GDP成長率は4.9%という驚くほど高い数値を示しています。当時、高成長率は減税政策の影響だ、などと自慢気に宣言していた政治家がたくさんいました。あまり報道されていませんでしたが、当時の名目GDPは5.9%でした。名目GDPから減じられたインフレ値はたった1%だったため、最終的に4.9%という実質GDPが算出されたのです。

4.9%の実質GDP成長を信じるには、当時のインフレ率は1%だったと考えなければなりません。当時は石油価格はバレル100ドルに迫ろうかという時期であり、議論の余地無く明白に世界中でインフレが爆発していたのにもかかわらずです。

ある一時期の特殊な事例だけを私が取り上げていると考えている人のために、ここにGDPデフレータと呼ばれている数値のグラフを示しておきます。GDPデフレータとは、名目GDPから実質GDPを算出するために使われている固有の物価指数です。ご覧の通り、過去15四半期間、経済統計局は実世界のインフレ率も常識も無視してGDPデフレータを低下させ続けています。思い出してください。インフレ率を過小申告するということは、GDPを過大評価することと同義なのです。

これらの統計が自分を騙す嘘ではないと言うならば、思い違いとでも言ったほうがいいかもしれません。今後「米国経済は堅調に成長中」などという言葉を読んだときには、経済統計のごまかしを思い出してほしいと思います。

もし、インフレ率算出の際、私たち独自の、あるいはジョン・ウィリアムズ氏の仮定を用い、そこで計算されたインフレ率をGDP統計から引き算すれば、すでに米国経済は確固たる不況入りしていると示すことができるでしょう。すると、今まで理解できなかったことが突如として理解できるようになります。ビジネスの縮小、差し押さえの増加、失業、財政赤字の膨張、税収の低下、自動車販売数の低迷など、これら全ては、好況期ではなく不況の際に起こることです。

本章で取り上げたものと同様の統計操作手法は、収入、失業率、住宅価格、財政赤字額、それに以外にも、ほとんどありとあらゆる政府統計に対して用いられています。全ての統計データは、ある一方方向に偏った誤りで織り上げられています。それらは、信頼できるデータを提供するためというよりは、状況をより良く見せるために操作されています。現在アメリカは深刻な信用危機とバブル崩壊、ベビーブーマー世代退職の第一波という危機の只中に居ます。確かで信頼できる情報こそが、道しるべとして必要とされています。

もう一度、ケビン・フィリップスの言葉でこの章を終えましょう。「我々の国家は、歴史的な視座、リスクの評価と常識を失なったことを、必ずや後悔するだろう。」これこそが、インフレ率やらGDPの計算といった退屈なものを学ばなければならない理由です。

次はピークオイルと、経済の未来との関係を学びます。



脚注

  1. 訳注: discouraged workers 米国の定義では、「一年以上の長期に渡る失業者で、仕事をする能力があるが現在求職活動をしていない者」を指す。失業者としてではなく非労働人口とカウントされるため、見かけ上の失業率は低下する。 []
  2. 訳注: 米国の年金制度 []
  3. 訳注: 名目値 []