クラッシュコース 第十四章 『資産と人口動態』

この文章は、クリス・マーテンソン氏による『クラッシュコース』第十四章 『Asset&Demographics』の翻訳です。 – 目次はこちら

前章「負債」で学んだ通り、アメリカ合衆国は過去に前例の無い水準の負債を抱えており、また貯蓄にも失敗しています。

さてここで、負債と貯蓄だけを取り上げるのは間違っている、と指摘される方が居るかもしれません。資産も含めて議論するべきだ、と。結局のところ、貯金ゼロで100万ドルの借金があったとしても、1000万ドルの資産を持っているならば何の問題も無いじゃないか。良い指摘です。ですから、ここでは資産について考えていくことにしましょう。

それでは、資産とは何でしょうか? 一つの定義は、現金と交換可能な物品の所有権だというものです。つまり、個人や企業が所有する全ての資源、例えば現金、手形、売掛金、有価証券、在庫、信用、設備、機械や不動産などが含まれます。

ですから資産とは、現金に換金できる、またはキャッシュフローの増加手段をもたらす何らかの価値であると言えます。もし、単に銀行口座、不動産、証券や債券だけを資産と呼んだとしても、また私たちが所有している資産がそれだけならば、私たちが資産だと考えるものほとんどをカバーできます。

ここでは合衆国の家計資産だけを取り上げます。なぜならば、以前にも述べた通り、連邦政府と州政府の債務と資産は、究極的にはアメリカ市民のものだからです。しかし、忘れないでください。13章で説明した通り、合衆国政府は50兆から85兆ドルの債務超過に陥っています。実際、資産と債務の間の差額はアメリカ合衆国に属するものではありません。これはみなさんと私、そして合衆国の市民全員が支払うべきものなのです。政府の負債は、つまりは国民のものなのです。一方民間では、企業の資産は完全に債権者と株主が所有しています。企業それ自体ではありません。それでは、誰が企業の資産を保有しているのでしょうか? 究極的には、個人個人の市民です。「アメリカ市民の資産」を家計の項目に合算すれば、そこから関連する負債を差し引くことができ、きちんとした全体像を描き出すことができます。

そして、クラッシュコースでも連邦準備銀行にならって、家計純資産の総計を取り上げます。家計純資産のデータはメディアにおいて広く、定期的に報道されておりデータが利用可能だからです。実際、連邦準備銀行によると家計純資産は5年間で20兆ドル近く爆発的に増加しています。驚くべき実績です。そして、この増加額は米国の建国から1980年代後半までの間にアメリカが蓄積した富の量を超えています。更には、これは資産[1] なのです。そのため、主流メディアおよび連邦準備銀行は、米国の家計は60兆ドルの純資産を所有しており、急速に増加する負債について何も心配することはない、と主張しています。

しかし、統計上の資産額に興奮する前に、重大な統計の見落しと誤りが存在していることを指摘しておかなければなりません。よくあることですが、悪魔は詳細に宿るのです。

まずは、2000年から2003年の間の純資産のグラフを見てください。この時期の純資産額の落ち込みは、2000年から2003年に発生した株式市場の下落が原因です。そして、連邦準備銀行に大きな混乱を引き起こし、当時の連邦準備制度理事会議長だったグリーンスパンは、金利を危機的水準である1%にまで低下させました。それが後に歴史上最大規模の住宅・クレジットバブルを引き起こしたのです。そこで、家計純資産額の低下から、次のように言うことができます。負債額は固定されている。負債の額ははっきりとしており、返済完了まで増加し続けます。負債額は、経済全体の状況や、個人の昇給・失職などによって変動しません。それに対して、資産は変動するものです。時として利得を得られることもありますが、またある時には、資産は価値を失ないます。そこで、クラッシュコースの8番目のキーコンセプトを導くことができます。負債は固定されている一方、資産は変動するものである

オーケイ。それでは、19.8兆ドルの新たな富は何に由来するのでしょうか? だいたい80%の成長は金融資産価格の上昇から生じたものであり、残りの20%は不動産価格と他の”有形”資産の上昇によるものです。

資産を構成するそれぞれのタイプの金額を見てみると、純資産の72%は金融資産で構成されており、その価値は41兆ドルに達します。そして、有形資産の価値は残りの28%、総額16兆ドルです。

これらの資産をより詳しく調べてみると、純資産の72%、41兆ドル分の価値は年金基金、非公開企業の資産、預金、株式と債券といった金融資産の価値で構成されています。これらは、大ざっぱに4つのカテゴリに分類し直せます。つまり、株式、債券、現金・預金と非公開企業の財産です。

残りの16兆ドルは、有形資産、主に不動産によって構成されています。不動産は16兆ドル中の75%を占めています。そして、耐久消費財、つまり自動車、乾燥機や除雪機などです。まぁ、もし除雪機を持っているならば、ですが。ここで取り上げた現金以外の資産から「富」を取り出すためには、まず最初にその資産を売却する必要があります。

資産市場においては、普遍的なルールが存在します。「買い手が売り手より多い場合、価格は上昇する。そして売り手が買い手より多い場合、価格は低下する。」人口動態に関する話題を取り上げる時まで、このルールを覚えておいてください。

それでは、家計資産報告の大きな誤りを指摘します。説明のために、不動産を例に挙げます。あなたは25万ドルで購入した住宅を所有しているとします。そして時間が(5年と仮定します)経過し、住宅の査定価格は50万ドルに上昇しました。連邦準備銀行は、あなたの純資産が25万ドル増加したと記録するでしょう。しかし、実際は不動産価格上昇分の利益を簡単に得ることはできません。確かに住宅を担保にしてローンを組むことはできるでしょう。でも、借金は利益を得る方法ではありません。単に住宅価格の上昇を同額の負債と交換したのみです。それでは、家を売却してしまった場合はどうでしょうか? 引っ越した後も、同じくらいの規模の家に住みたいですよね? しかし、他の住宅価格も、あなたの家の価格と同程度上昇しています。つまり、同等の家を購入するために同じ額の50万ドルを支払わなければなりません。だから、住居の売却から何の利益も得られないのです。実際のところ、住宅価格の上昇から利益を得る唯一の方法は、規模を縮小し、売却した家より小さな家を購入する、または借りることだけです。ここで、修辞学的な質問をします。どうすれば社会全体で規模を縮小するということができるのでしょうか? 個人だけでならば規模の縮小は可能かもしれませんが、全体としてはが規模を縮小するということはできません。その際には、少なくとも大住宅の過剰供給と小規模住宅の極端な供給不足を発生させないようにすることは不可能です。そして、全員が住宅を売却することは不可能であるため、全ての住宅の全ての価値を得ることはできないということを意味します。だから、資産価値の上昇は個人的には喜ばしいものですが、全体としては無意味も同然なのです。他の金融資産も同様です。十分な買い手が存在しなければ、資産は立ち往生したも同然です。

以前、私は家計資産報告において2つの大きな見落しがあると述べました。まず、連邦準備銀行は、不思議なことに、政府一般債務を家計純資産の計算の際に含めていません。

家計資産と政府一般債務を相殺しないのは理解できないことだとは思いませんか?
結局のところ、家計の納税者以外の誰に政府債務が支払えるというのでしょうか? 誰にもできません。
もし、連邦準備銀行が相殺計算を実施したら、家計純資産はゼロ以下に落ち込むでしょう。だから私はこういった比較がされないのではないかと考えています。

2つめの見落しは、平均の純資産報告からはアメリカ社会がまったくの公平で、正常に動作しているかのように見えることです。実際はそうではありません。上位1%が全ての実質家計資産の35%を保有しています。また、株式だけに注目するなら、上位1%だけが56%の富を占めています (株価による)。
もし、グラフが見えなければお詫びします。上位1%はグラフ上でとても薄い赤の線として表されています。合衆国の株式市場が強く成長しているのは喜ばしいことではあります。しかし、株価が1兆ドル上昇するごとに、その中の5600億ドルは100家庭中たった1つの家族の手に渡ってしまうのです。

上位1%を含む上位20%の家庭は、全ての実質家計資産の85%を所有しており、株の80% (株価による) を所有しています。つまり、黄色で表示された合衆国の下位80%の人々は、国全体の資産の15%しか保有していないということを意味しています。更に言えば、下位の人々の中でも富の分布は上位層に偏っています。

思い出してください。富者と貧者の間の不平等は、共和制にとって最古のそして最も致命的な病であるということを。より直接的には、この格言から考えれば、現在の信用危機は巷で言われているよりも深刻なものであると言うことができます。

大恐慌の深刻化直前の状況と同じく、経済危機の影響の大きさは市民の平均収入ではなく収入格差に依存しています。もし大多数の人が嵐をしのぐ手段を持っていないとしたら、その被害はより長く続き、悲惨なものになりえます。それでは、80%の人々がたったの15%の富しか持っていないということは何を意味するのでしょうか?

一つ言えることは、直近の経済危機後、連邦準備銀行が大企業や大銀行を救済するために、インフレ政策によって貧困層を犠牲にして流動性の供給政策を実施したことは、誤っていただけではなく、残酷で異常なことであったと言えます。そこで、米国の貧富の格差は、経済の回復を妨げ低迷をより深刻化させるだろうと予測できます。

「資産価値は変動するものであり、またその価値は売り手と買い手の比率に依存する」という考えに至った理由を理解するためには、人口統計を知っておかなければなりません。

アメリカ政府の福祉給付計画が資金難におちいっていることを思い出してください。そして、その不足額は何10兆ドルにも昇るということも。こんな状況が生じてしまった理由は、福祉給付計画は富の再分配であり、預金口座のようなものではないからです。つまり、福祉給付計画が機能するためには、退職者数に対して労働者の数が上回っていなければなりません。年金や福祉給付計画の資金不足は、世代人口における困難な問題によって更に悪化しています。1950年代には1人の退職者に対して7人の労働者が存在しており、福祉制度はバランスが取れていました。2005年には、この比率は5対1にまで低下しており、既に福祉制度が破綻しかけている兆候が見えています。2030年には、退職者対労働者の比率は、完全に制度の維持が不可能なまでの3対1にまで落ちこむと予想されています。

この人口動向が生じた原因は、いわゆるベビーブーマー (第二次大戦後、1945年から1950年代生まれの世代。団塊の世代) と呼ばれる世代によるものです。これは、アメリカ合衆国の人口動態を表したグラフです。個々の棒は、5年間の”年齢幅”を示しており、年齢の範囲は縦軸に示されています。その5年間の世代の人数を表わしたものが横軸で、単位は100万人です。ベビーブーマー世代の人口は7500万人程度で、だいたい4つの棒にまたがっています。それほど大きくは見えないでしょうが、ブーマー世代直後の人口の”落ち込み”は、アメリカの給付計画に対して、大きな課題、と言うよりは脅威が存在することを示しています。そしてこの脅威は、アメリカの負債と貯蓄の失敗の問題を更に複雑化させることになります。

より”一般的な”状況、つまり人類の過去何千年間の状況では、人口分布はこんな形になります。ピラミッド型です。もう一度説明すると、それぞれの棒は5年の幅のグループを示しており、男性は赤、女性は黄色の棒で描かれています。人口分布がこんな形であれば、現在のアメリカのような労働者から退職者への直接的な所得移転による年金制度を維持することができます。

しかし、このグラフを2000年まで進めてみると、ベビーブーマー世代の凸はかなり目立っています。人口分布がもたらす年金制度の問題を無視するとしても、より大きな問題が存在しています。前章で扱った負債と貯蓄の問題に留まらず、資産価値に対しても影響があります。

詳しく説明しましょう。ベビーブーマー世代は歴史上で最も豊かな世代であり、あらゆる種類の資産を所有しています。そして、ベビーブーマー世代が退職後の資金を得るために、それらの資産を手放さなければなりません。さて、ブーマー世代は、一体誰に対して自身の資産を売却するつもりなのでしょうか? この若者でしょうか? 仮に若者世代が十分に豊かであるとしても、若者世代の人数はブーマー世代全員の資産を購入するには不足しています。裕福な引退生活の夢を満たすために、ブーマー世代は資産を売却しなければなりません。そこで、もう一度質問します。一体、誰に対して?

そして最後に、過去23年間の借金の蓄積は、将来の経済規模は今よりも拡大するという仮定に基づいているということを思いだしてください。ですから、ブーマー世代が全員引退した後には、後に残された少数の人の力で経済規模を拡大する方法を考えなければなりません。

おぉ… 後に続く世代は、本当に本当に厳しい仕事をする備えをしなければなりません! 若者世代が大学卒業の時点で教育ローンの高額の借金を抱えているのは、本当に気の毒なことです。

現状の不均衡な人口分布は何十年も続くでしょうし、政治的な手法によって問題が消滅したり解決するとは望めません。これは、人間という生物としての歴然たる現実なのですから。問題を無視するのではなく、問題を認識した上で適切な計画を立てなければなりません。

ベビーブーマー世代の引退は既に始まっています。そして、引退のペースは今後15年間加速し続けると考えられます。つまり、2010年代に注目する必要がある理由、また、私が「今後の20年は過去の20年とは根本的に違ったものになるだろう」という確信を持つに至った理由なのです。

次は、資産バブルについて議論します。もし、今後何が起こるのかを知りたいと思うのであれば、そして、なぜ現在連邦準備銀行が混乱におちいっているのか知りたいと思うのなら、バブルの破壊的なダイナミクスを理解することが必要不可欠ですから。



脚注

  1. net asset []