クラッシュコース 第十三章 『国家レベルの貯蓄失敗』

この文章は、クリス・マーテンソン氏による『クラッシュコース』第十三章 『A National Failure To Save』の翻訳です。 – 目次はこちら

前章を見終えた後、合衆国には国内負債に見合う貯蓄や資産があるだろうか、と考えたのではないかと思います。資産に関しては次章で扱おうと考えています。しかしまずこの章では、アメリカ合衆国が社会の上から下まで全ての層において貯蓄に失敗しており、そして、アメリカ政府はもはや支払い不能状態であるという証拠を上げようと思います。用語を正確に使います。「破産」は、人や組織がある特定の期日における返済義務を果たせなくなった際に必要となる法律的な手続きです。一方、「支払い不能」状態とは、ある人や組織の債務が資産を超えた状態であり、そしてそれは破産への道の第一歩なのです。

「クラッシュコース」の目的は、今後数年の間に現代経済が直面するリスクと可能性について正しく見極めるために必要な背景知識とデータを提供することです。私の主張は、次の20年はこれまでの20年とは完全に異なったものになるだろう、というものです。これを裏付けるために6つの主要分野のデータを提示したいと思います。つまり、負債、貯蓄、資産、人口動態、ピークオイルと気候変動です。これらのどれか1つでさえ、経済上の難問になりえますが、これらの問題のうちの2つかそれ以上の組み合わせが同時に襲ってきたとしたら…? その答えはみなさん自身で考えてみてください。

さて、このグラフは1959年までさかのぼって米国の個人貯蓄率を描いたものです。個人貯蓄率とは、全アメリカ市民の収入と支出の差の割合を表したものです。たとえば、個人貯蓄率が”10%”であれば、1ドルの収入ごとに10セントは消費されず貯金されるということを意味しています。1959年から1985年まで、歴史的にアメリカ市民の平均貯蓄率は9.2%でした。それに対してヨーロッパの貯蓄率は10%前後であり、そして中国では驚くべきことに収入の30%が貯金されています。

貯蓄は個人にとっても国家にとっても必要になります。なぜならば、経済的問題に対する緩衝材として使用できるからです。そして国家レベルでは、貯蓄は投資資本を形成するために必要不可欠です。(つまり、国家の貯蓄は実際に未来の富を創り出すための財産、計画、道具であると言えます。)

近年、個人貯蓄率が1920年代の大恐慌と同等の水準にまで落ち込んでいるという報道を耳にしたことがあるかもしれません。実際に、個人貯蓄率は1985年から現在まで一貫して減少し続けています。つまり、この現象は一時的な状況の悪化などではなく、アメリカ市民の文化的な特性による、23年間に渡る貯蓄額減少のピークであると考えられるからです。

しかし、「平均値の」人々だけが合衆国市民だというわけではありません。このグラフからは分かりにくいですが、極端に裕福な人々は巨額の貯金を形成する一方で、収入の低い人々の貯蓄率は深く落ち込んでいます。

ではなぜ貯蓄率の不均衡が大きな問題になるのでしょうか? それは、ギリシャ人哲学者のプルタークが述べた通り、「富者と貧者の不均衡は、全ての共和国における最古の、そして最も深刻な問題である」からです。

それ以外に、このグラフから分かることは何でしょうか? まず第一に、長きに渡る貯蓄率の低下からは、大多数の人々が、暗黙的に将来もっと多くの信用を利用できると想定していることが分かります。つまり、「貯金して消費」する傾向を「今すぐ購入」する精神に置き換えてしまっているということです。もう一つ、このグラフから貯蓄率の低下は1985年ごろに始まっているということが分かります。

フム、ちょっと待ってください。負債を取り上げた章で、同時期に始まった現象を紹介したことを覚えていますか? このグラフでは全ての経済分野に渡る負債を示したものですが、こちらは個人貯蓄だけを示したグラフです。米国市民の負債に対する許容度は、1985年以来根本的に変化しており、それと同時期に貯蓄もゼロに向かって減少し始めています。

未来の米国経済が、現在より成長し、明るく輝くものであると信じるためには、低い貯蓄率と高額の負債が繁栄に繋がると考えなければなりません。私は、この仮定は疑わしいと思っています。控え目に言ったとしてもつじつまが合っていません。少ない貯金と大きな借金が、豊かな未来への道であるというのは、さまざまな自然の法則に反しています。

他の貯蓄としては年金や退職基金があります。個人と同様に、州・地方自治体レベルの年金や退職基金も貯蓄に失敗しています。そして、年金は実に1兆ドルもの資金不足状態にあります。つまり、これが意味するのは、州や地方自治体は、税収入を年金や退職基金に投入するか、それとも他の投資に資金を投じるか、どちらかを選択する必要があるということです。

ええ、多くの州において、未来は既に到来しています。州や地方自治体の年金基金が資金不足であるとは何を意味しているのでしょうか? どうやって金額を計算しているのでしょう? 1兆ドルの不足額は割引現在価値 (Net Present Value)、略してNPVで計算されたものです。割引現在価値を計算する際、将来の収入(この仮説の例では、6年間に渡って年間1000ドルであるとします)で将来の支出を相殺します。

現在の1ドルは、将来の1ドルよりも価値があると考えられます。そのため、未来のキャッシュフローは割引、つまり価値を下げて計算されます[1] 。そして、将来の全収入と支出の実質的な(NET)価値を、割り引いた上で現在(PRESENT)まで戻し、それがプラスまたはマイナスの価値(VALUE)を持っているかを計算するのです。

これが、
NET (割引、つまり実質の)
PRESENT (現在)
VALUE (価値)
です。

この計算方法は、州や市の年金基金の現在価値の計算に使われています。年金基金の資産価値の成長見込みと未来の税収入から、未来の年金生活者に対する支払い額を差し引きます。そして、差額を現在の価値として計算し直します。すると、現時点において年金基金の将来の収支を均衡させるには、今日1兆ドルを投入する必要があることが分かります。

NPV計算の重要な事実は、将来予測は既に計算の中に折り込まれているということです。つまり、異なった未来が現れるのをただ待っているのは無駄だということです。もし、今年年金基金へ1兆ドルを投入しなければならないのに何も手を打たなければ、来年必要な資金はより増加します。必要な資金額が減るのは、年金の支給額や支給人数が減るか、基金の金融資産がNPV計算時の想定より良いパフォーマンスを上げたときだけです。

更には、ここ数十年の間最高水準の利益を上げている企業であっても、かなりの場合、退職者年金基金は資金不足となっている傾向があります。NPVで1.5兆ドルというとてつもない額です。企業年金の基金は、他の目的のために使うことが好まれているようです。

年金の資金は一般的には債券と株式に投資されており、その比率は大体60対40となっています。そのため、不況や市場低迷が起きれば、さらに基金は不足します。部分的には、年金の資金不足は、現在の極端に低い利子率の直接的な効果です。–ありがとう、グリーンスパンさん、バーナンキさん! — また、主要な株式市場指数は、ほぼ9年前と同じ水準にあります。そして、これはインフレ調整後の値ではありません。もしインフレを考慮すれば、更に価値を下げなければなりません。多くの年金基金は年率8%から9%のリターンを想定しているのに、株式市場は9年間利益を上げられていないのですから、年金資金不足の理由も理解できます。

しかし連邦政府を取り上げると、更におそろしい数字が現れます。最近退職した米国の会計監査官であるデビッド・ウォーカーは、勇敢かつ熱心に米政府の財政状況に関する驚愕の事実を大衆に啓蒙している私の個人的なヒーローなのですが、彼は連邦政府の財政について、以下のように述べています。

1. 政府の財政状況は宣伝されているよりも悪い
2. 政府のビジネルモデルは破綻している
3. 政府は、財政赤字、収支バランス、貯蓄 — そしてリーダーシップの問題に直面している

なんとまぁ、強烈な言葉ではありませんか。私の計算でも、ウォーカーの言葉は完全に正しいです。そして、これを裏づけるデータを示します。この表は、財務省のウェブサイトで見つけた合衆国政府の年次報告から引用したものです。ここでもNPVで考えます。最初の項目は、ほぼ9兆ドル不足しています。これは、アメリカ政府の社会保障とメディケアを含まないネットのポジションを表しています。

これが意味することを再度説明します。将来における政府の全ての収入と、政府の全資産価値を足したものから、既知の将来の支出を引きます。すると、合衆国政府は、債務と資産のバランスを取るためには、今日、どこからか8.9兆ドルを手に入れる必要があります。

しかし、これは全体の5分の1でしかありません。これに社会保障とメディケアを含めれば、財務省自身の計算ですら資金の不足額は53兆ドルに膨れ上がります。

うわぁ。ちょっと待ってください! この額はGDPの4倍です! つまり、アメリカ政府は支払い不能であるということです。どうしてこれが大統領選挙戦の1番の論点にならないのでしょうか? アメリカには多額の借金と巨大な問題があり、潜在的な破産への道を進んでいるというのに、です。

もしかしたら、アメリカ政府の特別口座に資金が蓄えられているんじゃないか、ちょうど”埋蔵金”のように、と考えているかもしれません。この写真は、ジョージ・ブッシュ前大統領が社会保障”信託基金”全ての横に立っている写真です。信託基金を構成するのは3枚のバインダーに挟まれた数枚の書類だけであり、その書類には政府は全資金を使用し、それら全てを特別国債に引き換えた、と記載されていました。

ちょっと待ってください… 合衆国国債は、政府の債務なのではないでしょうか? なぜ政府が自分自身からお金を借りるということができるのでしょうか。もちろん、そんなことはできません。全ての政府歳入は、税金によるものか、借金であるかのどちらかです。ですから、特別国債を償還しなければならなくなった場合、支払いもまた納税者の税金か、追加の借金によるものになります。もし、自分自身からお金を借りて自分自身で利子を払って儲けることができるのであれば、私たちは信じられないほどに豊かになることができるでしょう。しかしもちろん、そんな考えはバカげており、簡単に否定できます。

いずれにしても、誰のデータを用いるかによりますが、連邦政府の赤字は53兆ドルから85兆ドルの間に位置しています。サルでも驚くような巨大な金額です。そして、NPVの不足を成長によって埋められない証拠として、政府債務の額は、過去10年間以上に渡って、40兆ドル近く増加しているという事実を挙げておきましょう。そして、この額は好況時にも不況時にも増えています。

最後に、貯蓄は投資と関係していることを指摘しておきます。米国土木学会によると、アメリカでは投資も不足しています。2005年に、米国土木学会は12種類のインフラの状態を査定しています。査定対象には橋梁、道路、上下水道などが含まれてます。学会は米国の総合成績を”D”と判定しました。そして、米国が先進国水準のインフラを再構築するためには、次の5年間の間に1.6兆ドルの投資が必要だと推算していました。これは2005年時点での計算です。現在では金属やアスファルトといった原材料のインフレーションが進行しているため、必要な投資金額は2兆ドルにも達するかもしれません。

まとめると、個人による貯蓄の失敗は州や地方自治体の貯蓄失敗を反映しており、またそれは企業における貯蓄の失敗の鏡像です。全ては、連邦政府レベルの貯蓄の失敗のミニチュアとなっています。将来への投資に対する根本的な失敗によって、これらの全てが制限されています。

全ての負債は、私たちの前に存在しています。そして、この事実こそ私が「次の20年は過去の20年と根本的に違ったものとなるだろう」という結論を得るに至ったものです。これが私たちの遺産です。現役世代が後に続く世代に残そうとしている経済的・物理的な世界なのです。どうしてこんなことになってしまったのでしょうか?

次の章では、資産について考えます。米国の資産は、負債と国家的貯蓄失敗に太刀打ちできるのか、調べてみましょう。



脚注

  1. 割引現在価値の考え方を補足します。もし、「今日100万円を得られるのと、来年の今日100万円を得られるのだったらどっちを選ぶ?」と聞かれたら、多くの人は今すぐにお金を受けとることを選ぶでしょう。インフレを考慮しないとしても、現在手元にあってすぐに使えるお金は、将来受け取ることができるお金よりも価値が高いと考えられるからです。しかし、今日の100万円と、来年の120万円のどちらを選ぶかと聞かれたとしたら、すぐには解答できないのではないでしょうか? もし迷うのであれば、あなたは現在の100万円と1年後の120万円に、大体同じ価値があると考えていることになります。今の例では、あなたは1年後の収入をおよそ2割程度”割り引いて”考えていることになります。この考え方を元に、将来の支出入の合計を現在の価値で現したものが「割引現在価値」となります。 []