クラッシュコース 第十二章 『負債』

この文章は、クリス・マーテンソン氏による『クラッシュコース』第十二章 『Debt』の翻訳です。 – 目次はこちら

本章からクラッシュコースの第二部に入ります。この章でお伝えする内容こそが、私たち家族の生き方を –住居も、仕事も、食料の入手法まで含めて– 根本的に変えるきっかけとなったものです。前章までの予備知識によって、3つのE, つまり経済、エネルギーと環境問題がどのように関わり合っているか、そして、2010年代の未来予測が狭い範囲に収束していくのかを理解できるようになっています。第二部で取り上げるデータこそが、「次の20年は過去の20年と根本的に違ったものとなるだろう」という結論を導いたのです。ここでちょっと注意を。この章の題材はショッキングなものなので、感情的に意義を唱えたくなるかもしれません。

まず、第二部は「負債」、つまり借金から始めたいと思います。この章では、さらにもう2つのキーコンセプトを取り上げます。そしてそのうち1つは最重要項目です。つまり、「絶えず膨張し続ける借金は、暗黙のうちに未来は過去より常に大きくなるということを仮定している。」本章ではこの主張の意味を詳しく考えていくことにしましょう。

しかし、この主張を解説していく前に、まず用語の定義をします。財務上の「負債」とは、ここでは、「未来の期日に一定のお金を返済するという法律上の義務」を指します。負債の概念は、法制度の中でだけ意味を持ちます。ですから、負債とは未来のお金を現在存在するお金と交換するための法律的な約束と呼ぶことができます… 当然、利子付きで。

負債はさまざまな形を取ります。自動車ローンや住宅ローンは、「担保付きの(セキュアな)」負債と呼ばれます。[1] それは、負債に対して何らかの資産が担保として付随しているからです。
クレジットカードの負債は、債務不履行の際に特定の資産によって直接的に負債を回収することができないため、「無担保の(アンセキュアな)」負債と呼ばれます。

二者間の負債を解消する方法は2つしかありません。負債を支払うか、それともデフォルト(破産)をするかです。しかし、もし借金の借り手が政府であり、紙幣の印刷機を持っているならば、3つめの選択肢が生じます。負債を支払うためにお金を印刷するという手段です。政府による紙幣増刷は、増税のヘタクソな偽装でしかありません。なぜならそれは、今存在しているお金の価値を強制的に低下させ、下がった価値を債務者に移転するものでしかないからです。私はこれは形を変えたデフォルトだと考えていますが、倹約家とインフレに耐えられない人を差別してひどい目にあわせることを好む人もいます。

2008年4月における合衆国政府の純負債は、9兆4440ドル程度にも上ります。この額は負債のみの額です。メディケアや社会保障などの債務を合わせると、合衆国政府の借金額は、この5倍から8倍にまで膨れ上がります。合衆国の債務に関しては次の章で議論しようと考えているため、今はこれだけに留めておきます。この章では単に負債だけを扱いますが、負債に関する話は全体のストーリーの一部分でしかないと覚えておいてください。

よろしいですか? 次は合衆国の負債総額のグラフです。連邦政府、州、地方自治体、企業と個人の全ての負債が赤線で示されています。現在の負債総額は48兆ドルです。1000ドル札で積み上げると、48個の1兆ドルの山となります。1つの山の高さは67.9マイル[2] です。

人口とインフレ率を考慮して、合衆国全体の負債を一人あたりの額で比較します。1952年における合衆国市民一人あたりの借金額は76000ドルでした。現在ではその額は183000ドルにまで増加しています。

一人あたま183000ドルの借金、これはアメリカの平均的な4人家族は、732000ドルの借金を抱えていることを意味します。一人あたりの借金額の計算は、国の負債額を考える上で有効な方法です。というのは、負債が政府機関のものでも企業のものでも、あるいは個人のものであっても、アメリカ合衆国の借金であることには変わりはないし、また全ての借金はアメリカ市民の行動を通じて支払われる必要がある、という事実に変わりがないからです。というわけで、現在の状況を感覚的に理解するために、一人あたり、あるいは世帯あたりの額で考えています。

収入を超える速度で増加する借金を永遠に続けることができるのでしょうか? もちろん、できません。限界が必ずどこかに存在します。

私は、全ての負債は悪だと述べているのではありません。負債は、時間によって別の意味を持ちます。もし、借金によって、後でそのお金を回収できる機会を得られるのであれば、その借金は「投資」と表現するのが適切です。例としては将来より良い仕事に就職する可能性を高める学資ローンがあります。また、他の例として、繁盛しているレストランの座席拡張のための借金が挙げられるでしょう。

銀行家の専門用語では、これらは「自己清算的な (self-liquidating debt) 負債」と呼ばれています。将来の収入を増加させ、後で返済する能力を得るための負債を意味しています。しかし、そもそも単なる浪費のためだけの借金はどうでしょうか? たとえば、カッコいい車や、休暇や、あるいは戦費の支出のための借金です。これらは「非自己清算的な(non self-liquidating debt) 負債」と呼ばれています。これらの借金をしても、将来の収入を増加させられないからです。この種の借金は、ただ単に将来の消費を今日に先取りしているにすぎないと言えるでしょう。だから「全ての」負債が悪いわけではなく、あまりに高額の、将来の利益を生まない借金が悪いのです。

過去5年間、アメリカの負債は16兆ドル以上増加しました。そして、その大部分は非自己清算的な負債です。これは未来に対して深い意味を持っています。なぜならば、非自己生産的な借金は将来の収入を生まないからです。つまり、将来の収入を使って今日の消費を支払わなければなりません。これは未来の可処分所得、つまり自由に使える現金が減ることを意味しています。

それでは、本当のところは負債、借金とは何なのでしょうか? 借金は今日使うお金を与えてくれるものです。借金で良い車を購入するならば、その車に今日乗って楽しむことができます。しかし将来においてはローンの支払いによって、他の商品や貯金に回すお金が減るということを意味します。つまり、負債は未来の消費を現在に持ってくるものだと言えます。もし私個人の判断で借金をして、返済も私だけの責任で可能ならば、何も問題はありません。

しかし、現代世代による巨額の負債を返済するためには将来の世代の努力が必要となることを考慮すると、借金の道徳的な側面を考えなければなりません。ある世代が身の丈を超えた浪費をして、その次の世代が返済のために消費を控えなければならないという状況は本当に正しいのでしょうか? しかし、これこそが現在の私たちの正確な現状であり、このグラフはその事実を雄弁に語っています。私は何度も、自分の子供たちがこんな契約に合意してくれるだろうかと考えることがあります。おそらく無理でしょう。

さて、4章で、お金は人間の労働に対する要求であると学びました。そしてこの章で、借金は、実は将来のお金の要求にすぎないということが分かりました。そこで、この2つの主張からキーコンセプトの6番が生まれます。「借金は将来の人間の労働に対する請求である。」合衆国のベビーブーマーと人口統計に関する問題を扱う章で、またこの重要なコンセプトを取り上げることにします。

歴史的観点からも、また対GDP比で考えても、現在の負債額は過去に例がありません。それどころか、私たちは全てのクレジット・バブルのみなもとに住んでいるということをグラフが示唆しています。現在のクレジット市場の負債の総額は、GDPの実に340%に達しています。また、グラフから読み取れるように、過去これだけの負債の水準にわずかでも近づいた例は1930年代までさかのぼらなければ存在せず、また当時の巨額の負債にはちゃんとした説明が付けられます。当時の連邦準備銀行の安易な金融政策は、「狂騒の20年代[3] 」を作り出し、そしてその後信用バブルを破裂させました。その後11年に渡って、現在「大恐慌」と呼ばれている不況と経済的困窮が続きました。GDPに対する負債の比率は1929年まで上昇していないことに注意してください。これはなぜでしょうか? 1930年、いきなり大量のお金が借りられたのでしょうか? 違います。この時点でグラフが上昇した理由は、負債額は一定のまま経済活動が落ち込んだことが原因です。

大恐慌時代の異常事態を除いて、対GDP比の負債総額は200%以下に保たれていました。この比率が破られたのは1980年代の半ばになってからですから、高額の負債を抱えるという社会実験は、せいぜい30年以下しか続いておらず、歴史的には短い現象だと言えます。そして、他のどんなデータよりもこのグラフこそが、私が「次の20年は、過去の20年とは全く異なったものになるだろう」と結論づけるようになったものなのです。私には、赤で囲った過去の20年間と同じように、この先20年間進んでいくことができるとはどうしても思えないのです。

このグラフの形を元に、現在の全ての経済的活動は、未来に対してとてつもなく大きな意味を持つ仮定を置いていると言えます。つまり、負債は未来に対する要求なので、少しずつ膨張していく負債額は、暗黙的に未来の経済規模が現在より大きくなると想定しています。

つまり、巨大な仮定が負債額のグラフに刻み込まれています。つまり、未来は現在より大きくなるという想定です。これが本章でお伝えしたいことです。

借金は将来必ず返済されなければならず、また、必ず返済されるだろうという見込みのもとに、利子付きで貸し出されます。もし今年、昨年よりも信用が増大すれば、「借金が未来に返済されるだろう」という仮定、見込みが実現したといえます。現状の対GDP比340%の負債を考えると、未来のGDPが今以上に拡大するという仮定を置いていることが明らかです。今より更に、もっと大きくなるということです。もっと多くの自動車が売られ、もっと大量の資源が消費され、もっと多くのお金を稼ぎ、もっと多くの家を建てるということです。これらの全てが、もっと成長しなければなりません。ただ単に、既に存在するローンを支払うためだけに。しかし、四半期ごとに比較すると、基盤となる実体経済[4] の成長速度に対して4倍から5倍の速度で新規の借金が借りられています。未来の経済成長を少しばかり楽観的に評価したとしても、この成長軌道は持続可能ではありません。

銀行、年金ファンド、政府組織など、継続的な負債の拡大にさまざまな組織が縛りつけられており、これら全ての組織が永続する成長に利害関係を持っています。そこで、私たちはクラッシュコースの7番目のキーコンセプトまでやってきました。

「借金の市場は、未来が現在より拡大していくと仮定している。」

しかし、拡大する未来という仮定が真実ではなかったら何が起きるでしょう? もし、全ての要求を満たすことができる手段が現実には未来に実現しなかったら?

まぁ、おおざっぱに言って、もし借金を返す手段が無いとなったときには2つの手段しかありません。しかし、その2つが起こす結果は同じです。

未来に対する要求 –つまり負債– は、どうにかして消滅しなければなりません。負債の消滅は、デフォルトかインフレーションか、どちらかを取る以外にありません。

デフォルトの意味は簡単でしょう。負債は返済されず、債権者は自分のお金を取り戻すことができません。おしまい。要求は消滅します。未来は、要求したものを払い戻せるほど十分に大きくないからです。つまり、デフォルトは単純に負債を返済しないという方法です。

インフレーションによる負債の解消方法は、いくらか分かりづらいかもしれません。次のように説明してみましょう。

みなさんが自宅を売却するとして、50万ドルで家を売りに出すと仮定します。その契約条項として、10年後の期日に65万ドルを一括で受け取る契約を結んだとします。さて、10年後の期日に65万ドルが支払われたのですが、その時には65万ドルではみすぼらしい小さな家しか購入できないとします。確かに、お金を受け取ることはできたのですが、未来の請求権は、インフレーションによって減少してしまいます。

デフォルトの例では、お金の価値は保たれていたのですが、その価値を取り返すことはできません。一方、インフレの例では、お金を取り返すことはできても、お金の価値が保たれていないため、ほとんど何も購入できません。どちらにせよ、人々の未来は縮小します。ですから、結果はほぼ同じですが、それを実現する手段は大きく異なっています。

そこで、次の質問の意味を深く考えなければなりません。「私たちは既に、未来に対してあまりに大きすぎる要求をしてしまったのだろうか? もしそうであるなら、問題を解決するためにはデフォルトとインフレのどちらに直面しなければならいだろう?」一問目に対する答えが「イエス」か「ノー」であるかによって、またインフレかデフォルトのどちらを予期するかによって、非常に大きな決断をしなければなりません
ですから、みなさんにもこの問題を深く考えてほしいのです。

では、本章で学んできたことをまとめましょう。

1. 6番目のキーコンセプト 「負債は未来の人間の労働に対する請求である。」
2. 一人あたりの負債は、過去のどの時点よりも高い。アメリカは真に前例の無い領域に差しかかりつつある。
3. 負債は過去5年間で16兆ドル増加した。そしてそれらの多くは「消費的な(非自己清算的な)」負債である。つまり、将来において消費を相当に控えなければならない種類の負債であり、そうしないのであればデフォルトかインフレによって負債を破壊する必要がある。
4. 最後に、7番目のキーコンセプト「私たちの負債は、未来が現在よりもっと大きくなると仮定している。」

最後のキーコンセプトは、クラッシュコースの次の章で、もう一度取り上げます。

現代の経済制度の全てが、さらに言えば生活様式さえもが借金に基礎を置いています。そして、借金は過去よりも未来が拡大することを仮定しています。
ですから、この仮定を注意深く検証しなければなりません。なぜなら、もしこの仮定が間違っていた場合、私たちが当然だと思い込んでいるもの全てが同様に間違っている、ということになるからです。



脚注

  1. 訳注: これは合衆国の例で、日本の場合は担保となった自動車や住宅を手放しても、借金は残ることが多い []
  2. 訳注: およそ109km []
  3. 訳注: 1920年代の米国における第一次大戦後の好況期を指す。ジャズの流行など様々な新しい大衆文化を生みだした []
  4. 訳注: モノやサービスの売買の経済 []